クラッススの死によってローマの権力が二つに分かれることになった。 ポンペイウスは速やかに元老院と結託し、アントニウスらをローマから追放した。 カエサルはガリア総督の任期を終えた後、直ちに軍隊を解散してローマに戻ると 要求された。軍隊を連れてローマに帰るのは反逆とみなされる。しかし、 一人で行くと必ず戻ることはない。ルビコン川に向かってカエサルは決心を決めた。